WWW川流れ

ホームページと言わない理由

このサイトでは-というように-「ホームページ」という表現を使うことはない。制作者は「意味が分かりやすい表現」という考えを基本にしているから、以前はホームページという言い方をしていた時期もある。

「サイト」という用語は必ずしも親しみのあるものではない。しかし、少し検索をして調べる労を惜しまなければ、その意味するところが集合的な概念だということをすぐに理解できるはずだ。集合の中にはたくさんの要素やページを含められるし、集合の中に集合を含めることもできる。

さて、「なぜサイトなのか?」という本題である。それは「サイト」が集合的な概念であると理解できたことで、コンピュータやインターネットを一挙に使いこなせるようになった方を複数目撃しているからだ。十分な事例を積み重ねたわけではないが、比較的高齢でも集合の考え方を理解できていれば特にハンディキャブはない様子である。

このような考えに慣れることは、さまざまな副産物をもたらす。無造作にデスクトップに並んだファイルは階層的に整理されたフォルダにまとめられるし、紙の書類を分類する際にも役立つであろう。馴染みはないかもしれないが、違う概念の用語で置き換えるよりはサイトという用語を調べてもらった方が親切なのである。

「ホームページ」ではやはり苦しい部分が出てくるのか、新聞なども「サイト」という表現をするようになった。しかし、奇妙な「ホームページ」が不思議なほど定着してしまいサイトの概念を学習せずにきたせいで、日本人はコンピュータリテラシの獲得においてずいぶん損をしているように思う。

階層

2003.10.16